*

御巣鷹の尾根 慰霊登山と慰霊の園 訪問

      2018/08/12

タヌキ猫です。本日2018年08月12日は日本航空123便が
群馬県上野村/御巣鷹の尾根に墜落してから丸33年の月日
が経過しまして、34年目を迎えることとなりました。

昨年2017年には三十三回忌ということで
一つの区切りとなったわけですが、一度
墜落現場となりました御巣鷹の尾根には

手を合わせに行きたいと思っていました。
タヌキ猫のブログをご覧の皆様は覚えていると思いますが

日本航空123便 墜落事故から30年

ということで、2015年07月に羽田空港
JALメインテナンスセンター1内にあります
「日本航空安全啓発センター」を訪れました。

吹き飛んでしまった鶴丸の尾翼であったり
事故原因となりました圧力隔壁が展示されており、
客席の変形したものを見た時は

どれだけの力が加わったのだろう…
と感じましたし、墜落時刻となりました
18:56で止まってしまった時計は、
ホントに驚かされました。

日本航空安全啓発センターを訪れてから
一度現場に訪れて手を合わせたいと思っていましたし、
何年前だったでしょうか、ご遺品の中に

大きな鶴丸をあしらったカバンが映し出された
映像を見まして、この方、飛行機好きだったんだろうな
と思うと、気になってしまいまして…。



 

タヌキ猫のブログは飛行機ブログとして
主に「JAL/日本航空」を取り上げています。

おかげさまで多くの方々が日本航空の翼を利用
されていますし、おそらくは毎日、タヌキ猫のブログを
ご覧の皆様が世界のどこかで飛んでいる

という状況です。大切な人が利用しますからね。

日本航空を主に書くブログとして、
御巣鷹を訪れることに不快感をもたれる方
もいらっしゃるかもしれません。

タヌキ猫も、記事にすべきかで日本航空安全啓発センター
を訪れて以来、3年間行くべきか行かざるべきか
で葛藤していました。

正直なところ、一人で訪れることが怖いなと思って
誰かを誘おうか、どうしようか…
とお声かけできなかったところもあります。

さりとて丸33年の月日が経過し34年目を迎えるにあたり
記憶の風化これが怖いなと思いました。

事故から34年、事故後入社のJAL社員が9割を超える中
決して忘れてはならない「航空機事故」だと思います。

今回の目的は事故現場となりました
御巣鷹の尾根にて手を合わせることと

34年目を迎える「今の御巣鷹の尾根」をご覧頂きまして
記憶を風化させない慰霊登山としたいと思います。

皆さん、色々と感じるところがあるかと思います。
また、場所によっては胸の痛くなる写真も
あろうかと思います。

決して航空機事故は起きてはならない
起こさせてはならない

という気持ちを新たに日航123便墜落事故から
34年目になります本日アップさせていただきました。

どうぞ、タヌキ猫のブログをご覧の皆様
これからも「空の安全」を願う気持ちから
現在の御巣鷹の尾根並びに慰霊の園の様子
をご覧頂ければなと思います。

*写真によっては気分を害するものもあるかもしれません。
が、事故を風化させてはならないという思いから
撮影してきましたので、どうぞ目を逸らさずに
ご覧頂けたらなと思います。

*コメント等につきましては、一部内容につきましては
ブログ管理人権限によりまして、修正ないしは
コメントのアップをお断りする場合もあります。

それでは、墜落事故から34年目を迎えました
群馬県上野村/御巣鷹の尾根と慰霊の園をご覧ください。

*撮影日:2018年07月某日
(撮影日上33年目ですが、アップの時期が34年目
ですので、34年目として掲載させていただきます)



 

2018年07月某日、朝4時に起床しまして、高速道路を
走らせてきました。

タヌキ猫は関越自動車道から一路、
上信越自動車道へと入りまして、下仁田IC
より上野村を目指しました。

もう1ルート関越自動車道/本庄児玉ICからの
ルートもあるのですが、下仁田ルートが約1時間
に対し本庄児玉ルートは約2時間とのこと

上野村の道の駅で伺ったところ
本庄児玉ルートは峠道を超える為、
ツーリングで訪れるバイクが多いので
下仁田ルートで行った方がいいとおっしゃっていました。

下仁田ICを降りて、左手へ国道254号線/西上州やまびこ街道
を下仁田方面へ

場所によっては上野村の表記もありました。
ルート上には「道の駅 しもにた」がありまして
こちらではお供え用のお花が売っています

ただ、オープン時間が08:30からだったでしょうか。
もう、タヌキ猫はこの時間には御巣鷹の尾根/慰霊登山
をしていましたので、前もってお持ちになって
行かれることをお薦めします。

また、この先、県道208号線 県道45号線と
車を走らせまして途中に道の駅「オアシス なんもく」
がありますが、帰りに立ち寄りましたが

お供え用のお花は売っていませんでした。
*オープンは9時からです。また時期によっては
取扱があるかもしれません。

一旦、国道299号線に出まして、すぐに県道124号線
へと入ります。

先の写真は上野ダムへと通じる分岐手前で撮影しました。
上野ダム周辺はこんなに道が整備されているのか
というほど、立派な道路とトンネルがありまして、

上野ダムの影響でしょうか、トンネル内は
かなりの霧が立ち込めており、しばらく続く
トンネルを通過していきます。

上野ダムを通過してからも、未舗装道路となることなく
ご覧のように整備された道が続きました。

ただ、所々に落石が見られますので、
車での通行は注意が必要です。

このあたりから、道幅も狭くなってきまして
場所によっては1.5車線道路となっています。

御巣鷹登山口まであと3.4kmと書かれています
この場所ですが

(写真は帰りに撮影したものです)
冬の期間は通行止めとなります。

看板には4月28日までは通行止めとなっていますが
例年11月25日から4月28日はこれより先は
通行止めとなるそうです。

んん?何かいますね 只今、朝の7時過ぎなのですが

野生のシカがいました。

旧登山道入口のある、観音菩薩像と公衆便所がある場所
に到着しました。

時計は壊れていますが(現在07:10)
公衆便所は利用できます。

この先にあります登山口入口にはトイレはありません。
山小屋の所に外にトイレの整備はあるのですが
何分、夏山にて虫が大変多いですので、

こちらの方が比較的使いやすいのかなと思います。

上野村村長の言葉として
石碑がありますので、文字に起こさせて頂きます。

この地は上野村大字楢原字本谷と呼ばれ
険阻な山に囲まれた交通不便の別天地なるも

四季の移ろい美しい山紫名水の秘境なり
しかるに昭和六十年八月十二日午後六時五十七分

突如として至近の御巣鷹之尾根標高千五百五十米の地に
日航ジャンボ機の墜落事故が発生し五百二十四名が

遭難せられ救出収容に 次いで参拝に人々の往来〇〇
盛んとなれり 救出収容に際しては道無く関係者

の労苦一方ならず 昇天された五百二十名の御霊
を慰めんとして登山される御遺族等の難渋また著し

よって上野村は日本航空群馬県等の多くの方々の援助
を得て参拝道としてこの道を開設することとし

地勢を克服難工事を続け一年を経て竣工す

願わくば安全に往来されて霊を慰められると共に
この事故の戒めを末代に伝えられる人の
多からんことを祈る

昭和六十二年三月吉日
願主 上野村村長 黒澤文夫

(一部箇所は〇〇で表記しています)

かつては、ここから山道を2Km 約1時間歩いて
通称「みかえり峠」を通過して御巣鷹の尾根
へと歩いたそうですが、

約1.3km先まで砂防ダム工事に伴う
舗装道路が整備されまして2006年07月に
旧登山口は閉鎖となっています

車で上がる途中に「みかえり峠」の文字がありましたので
下りる際に、行ってみたいと思います。

こちらが、御巣鷹の尾根へと通じる
車で上がれる最後の地点にある駐車場です。

車7台分の駐車スペースがありました。
タヌキ猫が到着したのは7時20分

車が一台もありませんので、この日は
タヌキ猫が一番最初の慰霊登山者のようですね。



 

それでは、これより、御巣鷹の尾根 慰霊登山へと向かいます。

お花とお線香は事前に準備して持って来ました

杖や傘の準備もされていました。

まずは、看板にあります御巣鷹の尾根の
昇魂の碑を目指したいと思います。

現在、登山口入口が標高1,359m
昇魂の碑は標高1,539m地点にありまして
標高差180mとなっています。

だいたい、登山口から昇魂の碑までは
30-40分はかかるとのこと

夕刻・夜間は大変危険ですので
暗くなる前に必ず下山してください。

先に写真にてもご紹介したとおり
野生動物も出てきておりまして、
タヌキ猫の時は、シカと蛇でしたね。

暗くなると、どうしても足元の危ない箇所
もありますので、明るいうちの慰霊登山を
済まされますようにお願いします。

また、奥の看板にある文字を起こしますね。

御巣鷹の尾根は神聖なる地です。
慰霊登山される方は以下のことに注意してください。

1、ごみは必ず持ち帰ってください。
2、いたずら行為は絶対に行わないでください。
3、動物が荒らしますので、お供え物は
お持ち帰りください。
4、許可なく物を設置しないでください。
(財)慰霊の園

それでは登山道を進みたいと思います。

入口には入山者数確認のためのカウンター
が設置されています。

タヌキ猫はこのシーズンで614人目の入山者ですね。

大変、緑深い山なのですが、登山道がキレイに整備されています。

熊よけ鐘鳴らしてください。とありまして
このあたり、熊も出没するのでしょうか。

音を鳴らしてから進みます。

それにしても、大変緑が深いところなことが
お分かり頂けるかと思います。

案内石もありました。

今でこそ、この近くまで車で上がれるようになりましたが、
当初は2km歩くのですから、それは苦労された
ことと思います。

お地蔵様が祀られていますね

すげの沢のささやきということで

御巣鷹の尾根 案内図があります。

航空安全国際ラリー組織委員会による声明文などがありました。

案内図に見ながら進みますが、

タヌキ猫は、案内板から左手へ イ 6i 7i 7H 8G
ロ 7G 10H 昇魂之碑

鎮魂の鈴/安全の鐘 ハのポイントから
U字溝と呼ばれる右主翼と機体後部が樹木と接触し
衝撃で第4エンジンが脱落した現場が見えます。

遭難者遺品埋設の場所
航空安全祈念像
鎮魂の鐘

祭壇/茜観音

10F 10E 10D ニ
9D 9C ホ
9B 9A X岩
8A 8C

9Eから8E ト チ
7D 7C 6D

6C リ 5C ヌ 5A
4B ル 4C オ
3C ワ 4D カ
5E 4E 3E 2E 2F ヨ
2G 3G 1i N21i 1J

スゲノ沢 2J
N1 2i 祭壇

と周らせて頂きました。それでもいくつかの
箇所にお参りすることができませんでした。

山を下りて再びカウンターのところで09:10
でしたので、110分ほどかけまして
御巣鷹の尾根を慰霊登山させていただいた
ことになります。

それでは、先へと進みます。

やはり、熊よけ鐘がありますので
鳴らしていきましょう

登山道から少し目を他にやれば、大変
山深きところだということが
お分かり頂けるかと思います。

熊よけ鐘が多い印象でした。

上に建物が見えてきましたね。

墜落事故の折に警察が宿舎として使った
山小屋だったかと思います。

この左上にトイレが映っていますが、大変アブなど
虫が多くては入れませんでした。

どうしても、夏山ですので、慰霊登山中も
ハチなどの虫が多く、場所が場所なだけに
虫よけスプレーを使うのもはばかれまして。

ご遺族の皆様の思いが痛いほどに突き刺さってきます。

上の建物が休憩所となっておりまして記帳すること
ができます。ここで、ものすごい「ドスン」という
物音がしまして、ビックリしたのですが

上の建物の下が資材置き場になっているようで
そこに大きなシカが休んでいたようで、

タヌキ猫の気配を感じてスゴイ音を立てて
下から走り去っていきました。

どうしても、山深き地となっていますので、
入口にも書かれていた通り、
お供え物などは持ち帰るように
しなければならないですね。



 

この案内板より右手がスゲノ沢となりまして、
一旦、左手の昇魂之碑を目指します。

今回、左から時計回りにてスゲノ沢まで
回ってきましてこの地に戻ってきたのですが、

これより先は、日航123便の墜落現場となりまして
先の案内図で見た通り、いたるところに
墓標が建っている状況下となっています。

これより先、スゲノ沢の祭壇までに
撮影しました、写真は全て撮影前に

手を合わせまして、一言断ってから
撮影したものです。

見る方が見れば、お分かりになると思いますが
場所によっては墓標を背に写真を撮影
している箇所もありますし、なるべく墓標が
映らないように撮影しておりますが、

場所によってはどうしても映ってしまいます。
またできる限りの墓標に手を合わさせて頂きまして
聞いたことのあるお名前の墓標もいくつもありました。

が、タヌキ猫のブログではあくまで「慰霊登山」
を主としておりまして、不幸にもお亡くなりに
なってしまわれた犠牲者の方を特定するような
ことはしたくありません。

また、できるだけ多くの墓標で手を合わせながら
墓標に語りかけたのは

事故の風化をさせないこと
日本航空がこれからも安全運航をすること

を注視していく旨、広く紹介させていただきたい
ということで、撮影させていただきました。

これより先、一部写真につきましては
気分を害する可能性もありますが、

記憶を風化させてはならないという意味
において掲載させていただきますので、
どうぞご了承ください。



 

こうやってみると、やはり急斜面なんですよね

ご遺族有志による言葉ですね。
空の安全、決して忘れてはならないことです。

昇魂之碑に到着しました。だいたい30分
ほどで登ってこれましたね。

下の方からは、熊よけ鐘を鳴らす音が
聞こえていますので、誰か登ってきている
ようですが、ここで手を合わせる時は

誰もいない静かな中で犠牲となられた
皆様に手を合わせたいなと思っていました。

空の安全を祈って、タヌキ猫も鐘を
鳴らさせて頂きました。

タヌキ猫自身もそして、タヌキ猫のブログを
ご覧の多くの皆様も今も利用する日本航空

二度とこのような惨劇は繰り返さない
と、願うばかりです。

家から持ってきましたお花とお線香を
お供えさせていただきました。

お線香には火を点けることは
できないですね。

そうでなくとも、熱い思いをされたのですから。

慰霊とともに、二度と日本航空がこのような
事故を起こさないように、タヌキ猫にできることは
ブログを通じて、日本航空に疑心あらば
指摘すること。このくらいしかできませんが。

鎮魂の鈴ということで中に短冊と
ペンが置いてあります。

短冊代として、いくらかお布施しまして
短冊に空への安全に願いを込めて
書いてきました。

昇魂之碑のある「ハ」のポイントから見えるのが
U字溝ですね。33年経った今でも当時123便が
右主翼と機体後部が接触した箇所が分かります。

あの場所で第4エンジンが脱落その後、衝撃により他のエンジンも
脱落するなどし、ほぼ裏返しの状態で衝突、墜落
となったそうです。

それでは、先に進みたいと思います。

遭難者遺品埋設の場所の看板がありますね。

この場所がそれにあたります。

御巣鷹の尾根を慰霊登山している最中でも航空機
のエンジン音が聞こえてくるんですね。

おそらくはこの近くに航路があるんだろうな
と思います。

この碑がある場所が日航123便の墜落現場です。

1985年8月12日 18時56分26秒
羽田発大阪行 日本航空123便
JA8119号機 ここに墜落

524名搭乗
乗客505名死亡
乗員 15名死亡
乗客 4名生存

1988年8月遺族これを建立す

左手の小屋が祭壇となっておりまして
被害に遭われました方々の写真であったり
今もJALの社員による千羽鶴が納められています。

空の安全は絶対に守ると書かれた
千羽鶴の束もありまして、決して
この123便の墜落事故を無駄に
させてはならないですね。

右手には茜観音がありまして、その横には
犠牲になられました方々のお名前が
記された碑がありまして、

お一方お一方と名前を見たかったのですが、
何分、ハチやアブといった虫が
多く飛んでおりまして、
あまり見ることができませんでした。

X岩といわれたポイントですね。
警察がここの目印にしたと記憶しています。

群馬県警察による日航機墜落事故の記録
と書かれており、群馬県警察/職員のべ55,117人が135日間
にわたって救援・捜査活動に従事したとあります。

手前には警視庁派遣部によるもの
もありました。

X岩の上の箇所から撮影していますが
やはりここからもはっきりとU字溝が
33年を経ても見ることができますね。

当時の墜落による火災によって炭化
したであろう木々も、まだいくつか残っています。

やはり、この木が一番、当時を物語っているでしょうか

墜落事故から33年を経ても、この姿をとどめています。

9Eからスゲノ沢を目指します。

やはり聞こえてくるのは、航空機のエンジン音ですね。
機影こそ確認できなかったものの、確かにこの近くを
今も航路が走っているようです。

こちらも一部炭化が見られまして

やはり、事故の衝撃を今も感じざるを得ませんね。

それにしても、深い森が本来の姿なんですね。

このあたりも、おそらくは、スゲノ沢へと滑り落ちて行った
客室後部が通った場所でしょうか

この斜面を下っていきます。

やはり、聞こえてくるのは航空機のエンジン音
御巣鷹の尾根から安全を願いますね。

随分と下まで降りてきましたが

この先がスゲノ沢となっており、客室後部と尾翼の一部
が滑落した地点となります。

火災こそ、真逃れたものの、あまりにも多くの
墓標が並んでおりまして、一つ一つに手を合わせ

慰霊すると共に、お亡くなりになった歳
を見ながら、やっぱりビックリしましたね。

伊丹線といえば、ビジネスマンが多い
印象ですが、折しもお盆の帰省客も
多く搭乗していた時期にて

多くのお子様がご搭乗されており、
タヌキ猫よりもホント若くして亡くなられた
人がこれほど多いとは思いませんでした。

写真には、あえて墓標が映らないように
配慮させていただきましたが、

やはり、毎年慰霊で訪れる方がいらっしゃる
であろう墓標と、そうでない方もいらっしゃいます。

人それぞれに色々な事情があることと
思いますので、タヌキ猫にできることは
出来る限り、多くの墓標に一つ一つ
手を合わせて、言葉をかけることぐらい

しかできませんでした。このスゲノ沢にて
4名の生存者が確認されるわけですが、
実に凄惨を極めたことと思います。

タヌキ猫は事故当時生まれていますが、
この事故をリアルには知っていません。

年を経るごとに放送される番組内でしか
知らなかったので、この墓標の数を見渡すと
やはり事故の大きさが分かりますね。

また、あまりに広範囲になっており、今でこそ
こうやって登山道が整備されておりますが、
当時はホントここまで難渋に難渋を
重ねて登られてきたことと思います。

改めて、二度とこのような事故が起きてはならない
ですし、起こしてはならないと感じました。

そして、タヌキ猫にできることは
これからの日航を見守っていくこと

なにより、しっかりと生きていくことだな
と感じ

スゲノ沢の祭壇で手を合わせて、戻ることと
なりました。

真ん中にすっと立っている木は

御巣鷹航空安全の樹と書かれており
安全を願うように空に伸びていますね。

それでは慰霊登山より下山していきます。
下る途中に女性の親子とすれ違い挨拶

さらに下へと下っていくと、管理されている方でしょうか
ほうきを手に、掃いて掃除されている
白髪交じりのおじさんがいました。

会釈する程度のご挨拶ですれ違いましたが

カウンターもみると618

タヌキ猫が614
後から登ってきた男性で615
女性の親子ずれで616 617
掃除されている方もカウントしての618かな

こうして御巣鷹の尾根での慰霊登山を終えるのでした。

駐車場に戻ってきたのは9:10頃でしたので、だいたい110分
御巣鷹の尾根にいたことになりますね。

目安としては、駐車場から昇魂之碑まで30-40分
昇魂之碑からスゲノ沢まで30-40分
スゲノ沢から駐車場まで20-30分
となっているそうです。

先ほどの駐車場のすぐ下にはバス用の駐車スペースでしょうかね

ちょっと、この広めのスペースに車を止めさせて
頂きまして、行きに看板をみました
「みかえり峠」に行きたいと思います。

この後に訪れた慰霊の園にて伺ったところ
この場所は、11・12日とご遺族の方が
御巣鷹の尾根へとアクセスするバスが

Uターンする地点となっているそうです。

道路を少し下っていくと、左手に見えているのが
旧登山道なわけですが、先に何かいますね。

小鹿のようですね。やはり、この場所は山奥なんですね。

現在の旧登山道はご覧のようになっており
通行することは困難かと思います。

ただ、みかえり峠のところだけは整備が
されているようでして

当時は御巣鷹の尾根の慰霊でここで振り返って
事故現場の方を見たそうです。

それでは、来た道を戻りたいと思います。
やはり、帰りも上野ダムのトンネル内の霧
がすごかったですね。

ちなみにですが、タヌキ猫は御巣鷹の尾根まで
上信越道/下仁田ICからアクセスしましたが

関越道/本庄児玉ICからアクセスする場合、
こちらの川の駅 上野 が休憩ポイント
となります。

国道299号線となるわけですが、
この道に出たとたん、ツーリングのバイク
の多さに驚きました。

ちなみにですが、こちらの川の駅 上野でも
お供え用のお花は見かけませんでした。

お盆などの時期はあるかもしれませんが
やはりお花をお供えしたい方は
事前に準備することが肝要かと思います。

こちらからでも「御巣鷹の尾根」の表記がありますね。



 

このあと、休憩をはさみまして、慰霊の園を
訪れました。

国道299号線を埼玉方面へと進みまして
途中、メロディラインを通過しての
最初に見えるあのトンネル手前

慰霊の園へと通じる道があります。
途中、鋭角で曲がる箇所がありまして

何度か切り返さないと曲がり切れない
箇所があります。ご注意ください。

タヌキ猫のブログでも慰霊の園の展示棟がキレイになった
とご紹介していましたが、今回ようやっと
訪れることができました。

駐車スペースは広いのですが、8/12は、ここは一般の方は入れなく
なるそうです。

10時をまわったところでしょうか

こちらのお花も事前に用意したものです。

慰霊の園
昭和六十年八月十二日夕刻、日航機
JA8119号機が上野村の御巣鷹の尾根に
墜落し、520名の尊い命が昇天されました。

本来ご遺族の元に帰り供養されるべき
御遭難者の遺体の一部が行方不明処置となり
上野村に骨壺の姿で残されることとなりました。

上野村々民は、事故処理のお手伝いを通して、
事故の凄まじさ、ご遺族の悲しみを目の当たり
にし、このような事故が二度と起こらないように
願い、520の聖霊を祀ることが上野村々民に

課せられた責務であると考えることに
至りました。

上野村は険しい山々に囲まれ平坦な土地が
ほとんどない所ではありますがこの趣旨に賛同した
村民有志が土地を供出し慰霊の園を建設する
ことが出来御巣鷹の尾根に向かって

合掌した形の慰霊塔が末永く聖霊を
お守りすることとなりました。

ここ慰霊の園にご参拝いただく皆様と共々、
末永く御霊をお慰めし交通安全を
祈って参りたいと存じます。

合掌

平成元年 財団法人 慰霊の園

御巣鷹の尾根との位置関係ですね。

皇太子殿下もこの地を行啓されています。

実際にはこの地からは、御巣鷹の尾根が見えないそうですが、
御巣鷹の尾根に手を合わせる形にて
この施設が建設されたそうです。

今もなお、この先にあります、安置室にて犠牲となられました
御遭難者の遺体の一部が保管されています。

供養の観音像もいくつも並んでいますね。

なかなか、慰霊の園にて、御巣鷹の方角を聞くまでは
どちらがどちらだか分からなくなるほどの
山深き地でした。

このあと、慰霊の園/展示棟を見学させていただきました。
開館時間は9-16:30(冬季16時まで)となっており
トイレも設置されています。

館内では事故当時の新聞報道だったり
テレビ報道などをまとめた資料が展示
されております。

遺品となった品々も展示されていますが、
日本航空安全啓発センターの方が
展示物は多かったように思います。

展示棟にいらっしゃった、係の方に
先ほど、御巣鷹の尾根に慰霊登山に
行ってきましたと言ったところ、

慰霊の園にも花を持ってきてくれたねと
おっしゃってくださいまして、

随分と木が大きくなったでしょ
と昇魂之碑あたりの木々の成長を
語ったのが印象深かったですね。

展示資料でも当時の情報の混乱ぶりが
感じられるように、墜落箇所も長野県と
書いてある新聞もあったりと墜落現場の特定
に時間を要したことが悔やまれますね。

こちらの慰霊の園でも書いてありましたが、
御巣鷹の尾根は夕刻・夜間は大変危険です。
暗くなる前に必ず下山してください。

また、タヌキ猫の場合は往復共に
シカに遭遇しまして、暗いとなかなか
発見するのが大変かと思います。

安全のためにも、どうぞ時間に余裕を
もった行動をしてください。

ちなみにですが、このあと道の駅 上野
にも立ち寄っていますが、やはりお供え用のお花
は売っていませんでした。

お盆などの時期はさておき、お花を供える場合は
あらかじめ準備していかれることを
お薦めします。

ちなみに関越道/本庄児玉IC方面から来ても
先ほどのトンネル手前で慰霊の園の看板があり、
そこから、ご覧のように案内が出ています。

タヌキ猫は再び、上信越道/下仁田IC方面から帰りました。



 

今回、ようやっと日航123便の墜落現場である
御巣鷹の尾根並びに慰霊の園を訪れることができました。

早朝ということもあって、誰もいない静かな中で
昇魂之碑に手を合わせることができたのが
良かったです。

ホント、どなたかを誘おうか最後まで迷いましたが
今回、一人で訪れて良かったと思っています。

なかなか、全ての墓標に手を合わせることが
できなかったのは心残りではあります。

外国人の方もいらっしゃいまして、また、あまりに
若い多くの方を事故の犠牲としてしまったこと

2018年08月12日現在 日航123便墜落から33年
34年目となりますが、今もって、単独機による
世界最悪の航空機事故は日航123便墜落事故
となっています。

航空機の小型化など、ジャンボジェットの時代は
終わろうとしておりますが、

決して、このような事故を起こしてはならない
ですし、起こさせてはならない
です。

タヌキ猫のブログをご覧の皆様は
多くの方が今も日本航空をご利用頂きまして、

世界のどこかで飛び続けていることと思います。
そんな皆様からすれば、今回掲載しました
内容は、決して気分の良いものではない

ことは重々承知しておりますし、タヌキ猫自身
日本航空を愛用する者の一人であります。

なればこそ「空の安全」を忘れずに
決してこの墜落事故を風化させることなく
後世に語り継がねばなりません。

今回、ご紹介した写真をみて、衝撃を受けた
方々も多いかもしれませんが、

空の安全を絶対に忘れるな!!

もしかしたら、日航関係者の方もご覧頂いている
かもしれませんが、33年を経過しても
御巣鷹の尾根は、今も当時の惨状を語っていました。

一人でも多くの方に、日航123便墜落事故について
忘れてほしくないと思います。

今回は34年目となりました日航機123便墜落事故の日
に、御巣鷹の尾根と慰霊の園を慰霊登山と訪問
させて頂いた時の模様を書かせて頂きました。

タヌキ猫でした。

 - ちょっとお出かけ